―-其れはとても居心地の良い場所



嫌いになれない貴方  第四話 



あの生徒会室で優しい時間を過ごした日からリョーマは昼休みを手塚と過ごすようになった。



それは手塚の膝で眠った次の日のこと。

もうあの裏庭には行けない。でも教室でみんなと食べる気分にもなれない。
どうしたらよいのか悩んだリョーマは結局人気のない生徒会室の前にお弁当を持って立っていた。
けれど突然来て自分から入るずうずうしさも持ち合わせてはいなくて。
しばらくそのまま立ち竦んだ後、やっぱり帰ろうと踵を返したとき扉がすっと開いたかと思うと腕を掴まれていた。

「何処へ行くつもりだ?昼休みが終わってしまうだろう」

そしてそのまま引っ張られて部屋の中へと連れて行かれ、ソファに座るよう促される。

「俺はまだ仕事が残っているからな。相手をしてやれなくてすまないがここで食べてろ」
「部長…?」
「お前が来るのが窓から見えたんだが、いつまでたっても部屋に入ってこないからどうしたものかと思ってな。…なんだ、遠慮でもしてたのか。お前らしくもないな」
「なっ…!オレだって遠慮くらいするッス!」
「そうか、それはすまなかったな」


憤慨して噛み付くリョーマを見て、くくっと笑いながら答える手塚の様子が憎らしく感じられたが、敵いそうにもないのでおとなしく弁当の包みを開け、食べ始める。

「部長はもう食べたんッスか?」
「あぁ」
「昨日もいたけど。いつもここ?」
「いや、いつもというわけではないんだがこの時期は忙しくてな」
「ふーん」

とつとつとではあるが会話が交わしながら箸を進めていると直ぐに弁当を食べ終わってしまう。

もう昼ごはんは済んだのだからここにいる理由はないはずで、手塚の邪魔をしないためにも立ち去るべきなのだろうか。
けれど、なんとなくこの場所から離れがたく感じてしまって。

きっと、このソファが気持ちいいから。
そんなふうに理由づけてみたものの、本当は手塚と過ごすこの時間がなんだか優しくて居心地がよいのも事実だった。

行儀が悪いって怒られるかな…と思いつつもごろんと横になった。
手塚はそれを見て、ほんの少し眉をひそめたが何も言わずに次の書類をめくっていた。
文句を言わないことを意外に思いつつも、それならそれで、とおとなしく昼寝でもしようと思い、目をつぶった。
そのままじっとしていたリョーマだったが不思議なことに眠気はあるのにどうしてもそのまま眠りに落ちることができない。

…すごく眠たいのに。ムカツク。
なかなか眠れずにイライラする気持ちを抑えつつ身体をもぞもぞと動かしていると手塚が机から立つ気配がした。

…気、散らせちゃったかも。
しまったと思い、身体を動かすのを止めて目をつぶり、じっとしていると耳の横でギシッとソファが音をたてた。

なに?…ッ!?

突然頭がふわっと持ち上げられたと思ったら、少しだけ固くて、でも温かい感触を感じた。

「っブチョー!?」

目を開けるとすぐ上には手塚の男らしく端整な顔と優しい眼差し。

「こっちのほうが落ち着くんだろう?昨日もよく寝てたしな」
「っ、ベツにっ。それに仕事があるんでしょっ!?」
「書類を読むくらい、此処でも出来るからな」

そう言っていっしょに持ってきたであろう書類を読み始める。

何考えてんだろう、この人。
手塚の行動の訳が分からず、目線を手元に送ったままの手塚の顔を下からしばし見つめていたが、こちらの様子に全く頓着していないようなので再び目をつぶった。

まぁ、いいや。
膝の上、いわゆる膝枕という今の状態に気恥ずかしさを覚えないわけではなかったが。
そういえば昨日もやってもらったんだし、今さらか。
…それに気持ちいいし。
開き直って身体の力を抜き、頭の下から伝わる体温に身をゆだねた。
すると次第にウトウトとし始める。

…心臓の音がする。
手塚から伝わってくる自分とは違う他人の鼓動のリズムが子守唄のように心地よく響き、さらにもっと聞こえるように無意識のうちに身体の向きを変えた。

……気持ちい…い…。

そしてそのまま、すー、とわずかに聞こえるくらいの微かな寝息を立ててリョーマは眠りの淵の落ちていってしまった。


「…っ」

手塚は普段の様子からは想像もつかないような顔をして、そんなリョーマを見ていた。
よく見るとほんの少し顔を赤くしている。
その視線の先には、身体を横にし顔を手塚のお腹にくっつけるようにして丸まって眠るリョーマの姿。
白く華奢な両腕はしっかりと手塚の身体に回され、離れまいとするようにぎゅっとしがみついている。
その様子は親鳥にくっつく雛鳥のように頼りなく、また親猫に寄り添って眠る仔猫のように愛らしいものだった。

「…まいったな、これでは仕事にならない」

困ったように呟いてはみるものの、頬は緩み、その手は愛しくてたまらないように艶やかな黒髪を撫でている。


ここのところ部活中にもかかわらず、決まった瞬間、ふと表情が抜け落ちたような様子を見せるリョーマの姿に手塚は気づいていた。
それはリョーマがある決まった人物の後ろ姿を見つめているときのこと。
それ以外は必死でいつもの態度を取り繕っていたようだが手塚にはリョーマが無理をしているようにしか見えなかった。


「…早く前のように元気な姿を見せてくれ」

そうは言うものの、本当は永遠にこの時間が続くように願っていることは手塚だけの真実。


「お前を元通りにできるのが俺であればいいのにな…」


どうして不二なんだ。
悔しそうに哀しそうにぽつりと言葉を漏らし、安心しきったように眠り続けるリョーマを、手塚は愛しさを感じさせる眼差しで見守っていた。



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2004/08/11


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