ごめんね?
そう言って綺麗に笑った貴方

わかってる
わかっているから

でも



――-まだスキでいてもいいでしょう?




嫌いになれない貴方  第一話 




ごめんね、越前
君のことは後輩としてしか見られないよ




そう言って困ったように微笑む貴方。
そんな顔をさせたくて、この気持ちを告げたわけじゃないのに。


これはオレの我が儘。
本当は言うつもりなんてなかった。

決して溢れ出したりしないように蓋をして。
そのまま静かに腐らせていくだけだったはずの想い。
なのに。



新緑の中、あまりに綺麗に貴方が笑うから。


するりと言葉が口から零れ落ちてしまった。


驚いたような顔をして、困ったような微笑みを浮かべる貴方。
そして綺麗な口元から零れるのは、拒絶の言葉。

その残酷で、でも、綺麗な。
好きで好きでたまらない彼の声を聞いて自然と笑みが浮かぶ。


わかっていたんだ。

それなのに。
胸の奥、何処かがきつく締め付けられる。

でも貴方の困った顔は見たくないから。
決して困らしたいわけじゃないから。
無理やり言葉を吐き出す。
いつもの不敵な顔をして―。

「わかってマス。言ってみただけですから」
そして、にっと口元を上げる。


これはオレの我が儘だから。
貴方の中に残ることのないように。
いつもの不敵な笑みを浮かべ、言い放つ。


「忘れてクダサイ」


瞬間、不二先輩の顔が曇ったような気がした。
でも、それ以上、平気なふりなんかできなかった。




苦しい。


胸の痛みがどんどん酷くなって。
押し潰されそうで、もう耐えられそうにないから。
不二先輩に小さく礼をして、踵を返した。

そのまま、いつもと変わらないように心がけながら先輩に背を向けてゆっくりと歩きだす。
けど、校舎の角を曲がって先輩から見えなくなるところまで来たらもう、これ以上は耐えられそうにはなかった。


叫びだしそうで。
泣き出してしまいそうで。

どこに行ったらいいのかも分からずに。
走り出した―






何も考えないようにして、走って走って、辿り着いた先は、いつもの場所。

息を切らせたまま、誰もいない屋上に滑り込むと、力が抜けたみたいにコンクリートにへたり込む。
その冷たい感触が火照った身体に気持ちよくて、まだ新しい制服が汚れるのもかまわず、身体を横たえた。


思い出すのは。
貴方の冷たくて綺麗な微笑み。


ふ、と自嘲の笑みが浮かぶ。
どこまで未練がましいのか、自分は。
後輩としか見られていないのは知っていたはず。
それなら、諦めるのがいいってコトくらいわかってる。


わかってる。
わかっているのに。
どうして―?

拒絶されても。
なんとも思っていない、と付きつけられても。

わかっているのに。


胸の奥底からせりだしてくる何かから逃れるようにギュッと眼をつむる。

わかっていたはずでしょう?

あのヒトが見ているのは別の人。
自分とは全然違う人。
比べものになんかならないくらい綺麗な人。

だから。
誰にも知られずに、胸の底にひっそりと沈めたまま、消し去るはずの想いだった。


きゅっと唇を噛み締め、胸を占めるのは後悔。
言うべきじゃなかった。
あのヒトの綺麗な笑みを曇らせたくはなかった。

溜め息を一つ。

思い出すのは、何を考えているのかを決して悟らせるようなことをしない、あのヒトの笑顔。
初めて出会った瞬間にその笑顔の奥に何かが隠されているのに気づいてしまった。


怖くなった。


何が怖いのかは分からなかった。

でも。
だから、なるべく傍には近寄らないようにした。
だけど気づけば、瞳の奥に隠されているものを知ろうとしていた。
その姿を追ってしまっていた。

そして、遠くから見つめるうちに知ってしまう。
本当は澱のような暗いものを抱えているヒトだってことを。

だけど、本当の顔に気づいたときには、もうあのヒトに心を奪われてしまったあとだった。


仮面の笑顔で笑いかけたりなんかしないで。
貴方が必死で隠している本当の心が見たいんだ。


自分だけには、その暗い感情を向けて欲しいとさえ思った。
たとえ、傷つけられたとしても。

思えば、初めに感じた恐怖は、いつか自分が惹かれていってしまうことへのものだったのかもしれない。

でも、もう遅い。
囚われてしまった。




ごろりと仰向けになって、ギュッとつむった眼をそろりと開くと、夏に近づきつつある眩しい光が眼を刺す。

分かってる。

あのヒトを困らすことだけはしたくない。
これは勝手な想いだから。

もうスキだなんて言わない。
気づかせない。
いつも強気な態度の生意気な後輩でいるから。




だから


まだ好きでいてもいいでしょう・・・?




決して言葉には出さないから。もう二度と。
今度こそ、きっちり蓋をして。
鍵をかけて。
溢れ出すことのないように。
ひっそりと朽ち果てていくように。



だから、お願いだから


まだ好きでいることを許してください。






きっと忘れるから




忘れられるから







第二話
2004/07/21







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