彼は鮮やかな光を放つ





まるで軌跡のような




其れは、小さなきせき。







「あ」
「…ア」



秋晴れも見事な日曜日。
まさか自分のテリトリー内で会うとは思ってもいなかった人物と街中でばったりと遭遇し、佐伯は思わず呼び止めるような声をあげてしまった。
その声を聞きとめたのか相手も佐伯に気づいたようで同じような声をあげて立ち止まる。
決して行儀が良いとは云えない、人を指でさす行為をしながら、口は「あ」の形で止まっている。
そのまま「あー…」と声を出して気まずげにウロウロと視線が宙を彷徨う彼の態度に佐伯は苦笑する。
たぶん名前を思い出そうとしているんだろうな、という必死な表情は、以前コートで見た大人びたものとは違って妙に幼かった。
そのギャップにくすりと笑いをもらすとキッと鋭く睨まれてしまったが。
それすらも下からの視線のせいで幼さを強調することになり更なる深い笑みを誘うものでしかなかった。
けれどせっかく思いもがけないこんな場所で偶然にも彼に出会えたのだからわざわざ怒らせることもないだろう、と口元を片手で隠しつつ、軽い態度で言葉をかける。…自分から名前を名乗るようなことはしないままで。
それは佐伯なりのほんの小さな意趣返し。せめて彼自身の力で思い出してもらいたいというカワイラシイ願望でもあったが。


「越前君、だよね?不二から話はよく聞いてるよ。」


途端に嫌そうに歪められる顔。どうせロクな話じゃないんだろうとでも言いたげな、フェンスの外からでは見ることのできなかった表情。
本当は素直に顔に出す子なんだな、と初めて知ったことを意外に思いつつ、言葉を続ける。


「どうして今日はこんなところまで?試合でもあるのかな?」


重たげに背中にかけられたラケットパックが目に入ったのでそう聞くと、ふるふると頭を振られた後、戸惑った顔で小さく口を開いた。


「アンタんとこの…えっと…おじぃ、が」
「オジイ?あぁ、ラケット。見てもらうんだ?」


オジイで合っているのかな、と一瞬躊躇った様子を見せた彼は佐伯に肯定されるように話を引き取られて安心したような顔を見せながら、こくりと小さく頷く。
やっぱり言葉数は少ないんだなと内心思いつつ、いつのまにか会う約束を取り付けていたオジイへの恨みの念を感じる。
越前君が来るなんて一言も聞いていない。今朝あった練習でも何も言わなかった食えない老人を心の中だけで激しく罵る。
さては俺らに会わせたくなかったのか。年を取っても色ボケは変わらず健在というわけか。
表面上では気さくそうな笑みを浮かべつつ、心中では盛大に毒を吐いていると、目の前のリョーマはそわそわとした様子を見せ始めていた。しきりに腕にはめた時計の時間を気にしている。


「あ、引き止めちゃってごめんね。六角中まで案内してあげたいのは山々なんだけど…」


後方でイライラと待っている友人達が今にも声をかけそうなのをちらりと目線で制しておいて、優しげな顔で問い掛ける。


「一人で行ける?」


途端に盛大にしかめられる顔にしまったという思いがよぎった。
どうやら小さな子に対するような態度が激しく彼のお気に召さないようだった。
最後の最後でマイナスポイントをあげてしまった自分に臍を噛みつつ、挽回を計ろうとしたが、「大丈夫ッス」と強く遮られてしまい、機会は与えられないまま。
「それじゃ」とそのまま小さく会釈して去ろうとする彼を慌てて呼び止めた。
このままではこの偶然の出会いに感謝することもできなくなってしまう。ましてや、まだ名前を思い出してもらったのかどうか定かでもないのに。
表情には出ない佐伯の焦りが以前からの想いをほんの少しだけ口走らせる。


「えっと、携帯の番号を教えてほしいんだけど」


しまった、突然すぎたか。
不審そうな彼の表情に自分が焦りすぎていたことを悟るが、今さら後には引けなかった。


「ね?他校との繋がりは持っていたほうが何かとお得だよ。情報も入るしね」


自分でも下手なナンパまがいの行為をしているという自覚はあったが、こうでもしないと彼の周囲に周到に張り巡らされた鉄壁のガードを潜り抜けることはかなわない。なんといっても青学にはあの不二がいるのだから。
いくら親友だろうとも、いや親友だからこそ、あの不二が自分のお気に入りの1年生に他の男である佐伯が近づくのを許すはずもなかった。
せめて携帯の番号ぐらいは入手しておきたいという男心を今いきなり理解してもらいたいとは思ってはいないが、自分の必死な態度はそれすら裏切る勢いだ。


「ね?」


親しみやすいと定評のある気安い笑顔で尚も揺さぶりをかけると、不審そうな表情を和らげて、けれど少し困った顔を覗かせ始める。
きっと知らない人に教えちゃいけません、とでも周囲の先輩から言われているのだろうなと大会のとき見た過保護ぶりを思い出しつつ、更に言い募ろうと思考を巡らすが、焦ったあまりか突飛なことを口走ってしまう。


「そういえばこの前俺の誕生日だったんだよ。だから誕生日プレゼントってことで、いいでしょ?」


どうしようかという顔をしていたリョーマは、ハ?とでもいうような間の抜けた表情を一瞬した後、慌てて下を向き小さく肩を揺らす。その姿に、自分があまりに強引過ぎたことを悟るがもう遅かった。
あー、思いっきり笑われてるよ…と上を向いて嘆きたい気分を抑える。


あまりにも必死な様子の佐伯に哀れみを感じたのか、面白いと思ったのか。それとも時間がもったいないとでも思ったのか。
ともかく笑いを噛み殺した表情で、9桁の番号をさらりと口にした後、「それじゃ。」と小さく口にしてひらりと身を翻してしまった。
それ以上引き止めることは彼も自分も時間的に難しかった。
諦めて、ようやく収穫できた番号を繰り返し呟くようにして脳にインプットさせながら、それでもただ歩いているだけなのに異彩を放っている小さな彼を佐伯は名残惜しげに見つめていた。


穏やかな太陽光に緑色の黒髪をキラキラと光らせながら去る後姿をただ見つめていると、彼は急にくるりと振り向き、ざわめく雑踏の中で急に大きな声をあげる。
きらきらしい光を、髪から瞳から発しながら。猫のように眇めた悪戯そうな表情で。
笑みを含んだ甘い声で。



「おたんじょうび、オメデトウゴザイマス!……知ってたけどね」


そう叫ぶと意味深に小さく笑みを口元に浮かべ、くるりと前を向いて走り出す艶やかな後姿が人込みに消えていくのを呆然と見送った後、その言葉の意味をようやく理解する。たぶん今、顔が赤いだろうことは自分でも分かった。
リョーマの大声に何事かと振り向いた人の目線など今はどうでもよい。それよりも彼の今の言葉が耳から離れない。
いろんな人から何度となく言われたありふれた言葉だ。
けれど彼の一言は今までの何百回のおめでとうより心に染み入るようで。
何より「知っていた」との彼の台詞がぐるぐると巡る。
名前も覚えていないはずの彼が自分の誕生日を知っていたはずはない、と思いつつも、きっとそれは口からの出まかせではないと確信にも似た思いがあって。
何だか嬉しくてたまらない気持ちを体中で感じて、今はもう見えない彼の背中を人ごみの中から必死で探している自分に気づいて、馬鹿だなと小さく笑って下を向く。


彼はもう行ってしまった。
けれど、鮮やかな光は消えなかった。



其れは。きらきら、と眩い光。
彼の小さな身体から溢れるような。


まるで奇蹟のような、時折り零れる其れが俺を魅了してやまないんだ。
コートの上でも。ありふれた日常でも。
例えただの偶然だとしても。




ようやく彼と自分を繋ぐチャンスを与えてくれた携帯の番号をもう一度、今度は声に出して呟く。
距離も年齢も想いすらも彼との間には差があることは分かっている。
それでも、其れらを乗り越えてでも、彼の存在が欲しかった。
次に彼と会ったときには必ず名前を呼んでほしい。ほんの少し笑みを含んだ甘い声で。去り際に叫んでくれたような。


「…よし!」


ぐっと上を向いて決意にも似た思いで笑みを浮かべた。
次こそは必ず捕まえる。
それまでは電波越しのアプローチを繰り返そう。


そう決めて、艶やかな光を放った彼の笑顔を繰り返し想った。










その後、人ごみの中でしばらく立ち尽くす佐伯に痺れを切らした友人達が声をかけたが、話し掛けても生返事しか返さない彼はその日一日使いものになりそうにならなかったとか。




2004/10/03
サエ→リョ、です。
こんなキャラにしてしまってすみませんサエさん。
本当はもっと食えないお人だと思います…。

サエさんは大会中、不二に連れられてた可愛いコに一目惚れ(笑)
次はコート上で。三度目がコレ。


ちなみに王子が佐伯の誕生日を知っていた理由↓

不二「そういえば今日は佐伯の誕生日だっけ。まぁそれはどうでもいいんだけど。
僕の誕生日は2月29日だからリョーマ君はその前後2、3日は必ず空けておいてくれる?」
お願いという名の命令です。
王子は「え…?」みたいな。
それを何となく覚えていただけ。
佐伯の顔は分かったけど名前は思い出せないゴーイングマイウェイな王子。








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