の嵐



「・・・コンニチハ」


200人を優に超えるであろう部員を持つ氷帝学園テニス部の、レギュラー専用となっている部屋の扉が叩かれたと思ったら。
返事も待たずに開かれた。
つい先ほど、部活が終わったであろう時間帯で、中にいるほとんどの者が身体全体に疲労感を漂わせながら、着替えていた途中だった。
ひどく愛想のない、しかし不思議と耳に心地よく響く変声期特有の少し高めな澄んだ声が発せられた方へ、部屋の中にいる者が目を向けると、ここにいるはずのない人物を見つけて驚く。


「「「「・・・越前リョーマ!?」」」」


開けられたドアのところに立っている、華奢で小柄な、でも凛としたオーラを放つその姿は、紛れもなく青学の1年生ルーキーだった。
自身に一斉に向けられた幾つもの視線に全く臆する様子を見せることなく、その長い睫毛に縁取られた濡れるような大きな双眸をゆっくりと瞬かせると、誰ともなくに問いかける。

「跡部サン、イマスか?」

その一言に、静まり返っていた部屋が嘘のように、一瞬にして蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。

「なんで越前が氷帝にいるねん!ちゅーか跡部て、どういうことやねん!?なぁ!?宍戸!!」
「俺が知るかよ!!この手を放しやがれ忍足!胸倉掴むんじゃねーよ!」
「宍戸先輩!俺も聞きたいです!どうして越前君が跡部さんに会いに来るんですか!?」
「だから知らねぇっつーの!跡部本人に聞きやがれ!」
「っーか、マジで越前だよ!すっげー!!」

何がいったいすごいのか、皆目検討もつかないが、向日は興奮したように跳ねているし、平生の冷静さが嘘のように錯乱状態に陥っている忍足は宍戸のシャツの胸元を握りしめ詰問している。鳳にいたっては、先輩である宍戸への日頃の態度が消え失せて、血相を変えて宍戸に詰め寄っている。
不幸なのは、自分も訳が分からないというのに、何故か二人に詰め寄られている宍戸。この騒ぎの中、さすがというべきか慈郎はいつものごとく夢の中にいた。

「…ねぇ。いないの?」
リョーマは、騒ぐ氷帝メンバーを見て、一つ溜め息をつくと疲れたように問いかける。その声に、ようやく正気に戻ったのか。
「あー…。今、跡部は監督の所へ行っとって、ここにはおらんのや」
「すぐ戻ってくると思うぜー」
と忍足と向日から、リョーマが知りたかった答えがようやく返ってきた。

「・・・そう。アリガトウゴザイマス」
一応礼儀に乗っ取って口先だけとはいえお礼の言葉を素っ気無く言い放つと、そのままリョーマは部屋から出て行こうとした。
が、
「ちょっと待ちぃや」
忍足にその華奢な腕を掴まれ、引き止められる。
「ナンカ用?」
憮然とした表情を隠そうともせずに、リョーマが身長差から自然と生じる上目遣いでジッと忍足を見つめると、忍足は普段冷たく感じられがちなその整った顔に、珍しく怯んだ表情を見せながらも、
「なぁ。自分、跡部とどういう関係なん?」
と、好奇心と目の前の人物への興味を隠そうともせず、問いかけた。
「どういう関係ッテ。・・・チョットした知り合いです」
リョーマが普段はめったに見せないであろう、どこか気まずそうな表情を浮かべながら答える。
と、そのとき。



「・・・アーン?面白い冗談言ってくれるじゃねぇかよ」

なぁ、リョーマ?と、開け放たれたままのドアから、いきなり麗しい立ち姿が現れたかと思うとその長い腕の中へと、突然耳元に響いた声に驚くリョーマを絡みとった。

「ちょっ・・!!けーご!?ヤダ!腕放してよ!!」
跡部の腕の中、リョーマはその、無表情なときには人形のようにも見えた白皙の顔に朱を交じらせながらも、毛を逆立てた猫のように暴れる。
その可愛らしい様を見た氷帝メンバーは、信じられないものを見たかのように目を見開き思わず見惚れてしまった。

「お前が笑えないような冗談を言いやがるからだろ?」
「さっき面白いって言ったジャン!」
「それは言葉のアヤってもんだろ?そんくらい読み取りやがれ」
「ウッサイ!ばかケーゴ!」
「なんだと!?テメェ!」


「…あのぅ。お取り込み中のところ、非常に申し訳ないんですが。・・結局のところ、お二人はどういったご関係なんですか?」
鳳が戸惑ったように、しかし気になって仕方ないのか、喧嘩しながらも二人だけの雰囲気を勝手に作り上げていた跡部とリョーマに問いかけた。

「アーン?どんな関係って、そんなモン恋人同士に決まってるじゃネェか」
「いや。決まってないから!っていうかアンタ何言ってンの!?」

黙っててって言ったジャン!と顔を赤らめながらリョーマが跡部に噛み付いているのを、部屋にいる全員(慈郎は除くが)暫し呆然と見つめる。




「「「「っ!?恋人―――――っっっ!?」」」」



そして跡部の衝撃の告白に驚愕して叫んだ。

「跡部!越前が恋人ってどういうことやねん!」
「あぁ?いわゆる恋愛感情を伴なったお付合いを進めている仲ってやつだろ?そんなこともわかんねぇのかテメェ」
「そんなことを聞いてんじゃねぇだろ!なんで越前と付き合ってるのかってことだろ!?」


全員驚くのも無理はないことで。
なぜなら、青学の越前リョーマといえば、類まれなるテニスの才能とともに、一度見たら絶対に忘れられないであろう黒々と光るその大きな濡れた瞳。
絶妙なパーツが精巧に造られた人形のように当てはめられた顔立ちに、小柄で華奢なその姿。
決してそらされることのない真っ直ぐで強い視線に一度でも射抜かれた者なら、その容姿、テニスのプレイとともに内から放たれる輝きを、二度と忘れることは出来ないだろう。

氷帝学園も例にもれず、リョーマの魅力におちた者ばかりだった。彼らの驚きぶりも当然といえた。


「なんでや!?越前!跡部なんかどうしようもない女たらしやで!?」
「そーそー!ぜってー泣かされるぜお前!」
「そうですよ!跡部さんなんかやめて僕にしたほうがいいですよ越前君!」
「鳳!お前どさくさに紛れて何言ってんだよ!俺にしとけ越前」

一斉に向けられた言葉の数々に、リョーマは困惑して目を白黒させる。
その側では跡部が怒りのためか、こめかみをヒクつかせていた。

「・・・テメェら。言いたいことはそれだけか?」
明日の練習が楽しみだなぁ、アァ?と憤怒を漂わせた笑みを浮かべ、轟然と跡部は言い放つ。

「そんな!!殺生やで跡部!」
「っていうか公私混同すんなよ!」
「大人気ないですよ跡部さん」
「私情を挟みやがって。激ダサだぜ、跡部」

跡部の言葉に反応して、すぐさま部屋は不平不満を伴なった怒号に包まれた。

「ウッセェ!黙りやがれ!決定事項だ」
「ほんまに大人げないで、自分」
「ンだと、この野郎!」

リョーマは呆れた顔でその様子を見ていたが、ぽそりと呟いた。

「っていうかアンタって人望ないよね。・・・仮にも部長のくせに」
「青学の部長様とは違うってことかよ」

リョーマの心ない一言に跡部はグッと言葉を詰まらせたが、次の瞬間には、怒りを耐えたような床を這うがごとく低音で唸った。
どこかピリピリした空気を纏った憤怒の表情を浮かべる跡部。
普段、その様子を見た人間なら誰しもが恐れを感じ萎縮してしまうことは容易に想像できる威圧感を全身から醸し出している。
しかし、リョーマは瞬間驚いたように大きな目をさらに見開いた後、この場にそぐわないような綺麗な笑みを浮かべ、跡部の怒りを纏った雰囲気など全く意に介さないがごとく、その首に白くほっそりした両腕を回した。
その嫣然とした微笑みに思わず見惚れる。

「・・・違うよ?ケーゴ。ブチョーと比べたんじゃないからね」
だからアンシンしてよ?と悪戯めいた、まるで猫のような顔でにやり、と笑う。
「アンタって本当バカだよね?いつまでたっても気にしてるんだから。部長はそんなんじゃないって言ってんのにさ」
アンタだけだよ。
そう言って悪戯そうに下から顔を覗き込まれる。
上目遣いのせいか、平生よりも黒々とひかる少し吊り上った猫のような眼に目が奪われた。

「だいたい、ケッコウ部長も遊ばれてるよ?不二先輩なんかに特にね」
その言葉に跡部はげんなりした表情を浮かべるしかない。
「不二か・・・。あいつだけはな」
リョーマとの間をえげつない手段でもって現在進行形で散々邪魔されている身としては、少しだけだが憐憫の情を手塚に覚えざるをえない。


「そう。だからアンタは部長に嫉妬する必要は全くないってワケ」
「何が、だから、なのか全くもって俺には理解できねぇんだが。まぁいい。とっとと帰るぞ」
するりと首から離された滑らかで華奢な腕を名残惜しげに見ながらも、さっきまでの不機嫌さが嘘のような表情で、リョーマの左手を強引に握ると、跡部は2人分の鞄を片手に持ちつつ悠然と部室を出て行った。




「…っちゅーか、結局どういうことやねん」

途中から滅多に見られないようなリョーマの綺麗で艶めいた表情に見惚れてしまっていたせいか、しばらくぼんやりしている間に 2人が出て行ったため、取り残される形となってしまった氷帝レギュラー陣。

「不本意ですけど2人がラブラブだってのは分かりました」
「結局はアテられたってことかよ・・・?」

幸せなのは今だ夢の中にいたため、この部屋の騒ぎに気づくことのなかった慈郎のみ。





翌日、あの後リョーマをしっかりいただいてご満足の跡部は、レギュラー陣から嫉妬の嵐をうけることになったとか。



2004.05.22








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